特集その2は、前号につづく少しはマジメな話。
今回はど~んと3P特集なりね。
まだまだ聞きたいことは山ほどあるなりが、少しずつ掲載なりね。
SPECIAL【2】 明鏡止水
亨 牧原(とおる まきはら)の少しはマジメな話
牛舎班リーダーでお馴染み、牧原亨さんは幼少の頃から実家で酪農を学び、「ラーメンからミサイル」ならぬ「優良仔牛の選別法から牛糞の乾かし方」まで何でも知ってる酪農の申し子。そんな頼れる兄貴分に、前回のテーマ「牛の角と群れの習性」につづき、今回もやや真面目な「生殖器官」をテーマに語って貰いたいと思います。
「本来、牛には角(つの)がある」 *前号からつづき
インタビュアー(以下 イ) 晶子とかハタチ、ヒマなんかは片方の角が欠けてますが。
亨 牧原(以下 牧) 闘ってる時に折れたりすることはあるよね。あと角質の鞘が抜けちゃう「鞘抜け」って言うんだけど、次の角質ができるまでの間組織がふにゃふにゃ軟化して頑丈に固まらなくなり形が歪になる。かといって弱くなる訳ではないけど、今までの感覚で出来ないから群れにおいて順位は下がるのかもしれない。
イ 先日逝去したボスの片方の角を、長生きした形見として切り取りました。角の内部が空洞になっている構造に驚くとともに、強度的な問題や何か空洞に意味がある?
牧 人間の爪みたいに角質の鞘が覆えば言い訳で、最初小さい親指のようなものから成長して、中に空洞が出来るんだろうね。先住民が角を性器の先に付けてご霊を祀る(まつる)儀式なんかもあると聞いたけど、これだけ強いのを倒したんだぞっていう強さの証なんだろう。
イ 群れの習性という観点だと、ここの牧場では交雑種(黒毛)やホルスタインが強い集団を形成し、数年前に外部から導入したジャージー種は角がない影響もあってか弱い部類に入ります。人間以上に弱肉強食が徹底される牛の群集は、食べる牧草や搾乳ピットに入る順序も大方決まっている印象を受けます。
牧 強い牛がいい思いをするシステムにはなってる。だからこそ強い遺伝子を残す、動物は子孫を繁栄させることが生きている理由なので、自然の摂理に適っていると。ところが今の舎飼いは、それを全く無視して誰も平等に飽食でぬくぬくと育ってるから、病気に弱く対応しきれない。ある意味、現代社会と似てるよね。ここの牧場の牛だと虐められながらも生きるために自分で行動するし、1~2mmの短い草も噛み切れる。外部の牛はそれをできないから、草が無いとどんどん痩せていくのはしょうがないよね。
イ 搾乳ピットでは最初に交雑種(黒毛)のモス、キキが入り、ジャージー系のあかり、もじゃ子が入るとそろそろ中盤、月やカリンが終盤に来て最後はつや子、という流れがあり、搾乳中も牛を見ながら進捗具合が大方判ります。でも昔牛たちに何かあって、つや子が最初に入ってきたってアクシデントもあったとか(笑)?
牧 たまたまなんだろうね。追われて追われて逃げ場が無かったりとか、パドックでずっと長い間待っていると違う牛が入ってきたりする。牛が「あれ?今日まだかな?」って感じで諦めて、周りに来た牛をコノヤローってやっている間にドアが開くと「行けるかな?」ってことはあるよね。
「分娩しなくても、牛の乳は出る?」
インタビュアー(以下 イ) では次のテーマ「生殖器官」に関連する話に移りましょう。
雌牛は21日周期で発情が訪れます。胎児を育てる器官は人間と同じ子宮。外陰部から膣内腔を見ると、膣前庭と膣の先に固く閉じられた子宮頸にぶつかる。この頑丈な障壁は発情期を除けば器具を挿入することも困難で、胎児を守る役目を果たします。子宮頚管の先は、長さ数センチでピンク色の子宮体と二股に分かれた左右2つの子宮角、経を細くしながら蛇行する卵管、そして卵巣へと繋がる。長径5cmにも満たない卵巣は子宮広間膜に吊るされ、卵胞を成熟させ排卵と黄体形成を繰り返します。
亨 牧原(以下 牧) 子宮頸は雑菌から子宮を守るためにある。子宮は酸性からアルカリ性に変わっていく処で殺菌能力が弱いので子宮頸がそれを守るのだけども、それだと発情した時に精子を迎え入れることが出来ない。だからその時だけ閉じた子宮頸を緩め、精子が入ってこれるようにすると。
イ 膣の背側には巨大な直腸が隣接しており、腹側には膀胱と尿道が置かれています。子宮状態の確認方法では牛の直腸検査があり、腸壁越しに卵巣や子宮の状態を確認します。昨朝もニコールの妊娠診断をしていた?
牧 はい。直腸検査には2つ理由があって、1つは発情かどうかを診る時。牛がスタンディングやマウンティングなど発情を示す行動をすると、授精のタイミングは今がベストか半日後が良いのか、牛の「授精適期」を見るために直腸に手を突っ込むと。もう1つは妊娠してるかを診る時。上手な獣医師だと授精後30日位で妊娠したかどうかを見極められる。どう見分けるかというと、子宮角を摘んで胎児を育てる羊水の膜を感じ取れるかどうか。30日程度だと子宮角の左右サイズに差がないが、一般的に40~45日経つと明らかに左右の大きさに差がでる。種が付いた側は、液体状のものが中に入った水風船のような感触があるので判りやすい。
イ 実際に「人工授精師」の資格を持つDr.牧原。人工授精をする場合、どのような処置をする?
牧 直腸から手を突っ込んで、子宮角や卵巣、卵胞の状態を把握。発情して授精可能か判断したら、注入器を入れて授精させるというのが一般的な方法。子宮には直接手は入れず、授精させる時のみ注入器を入れる。注入器を挿入する際、子宮頚管の入口を探して挿し入れるのが一番難しい。そこを通ると後はスムーズに入る。
イ 最近は雌雄を判別する授精方法もあるとか?
牧 これは5年前に聞いた話なので、今はより進化してるかもしれないけど、精子を遠心分離にかける。雄精子の方が軽く外側に来て、雌精子が内側に来る。分離した雌精子のみをストロー(注入器)で注入すると。ただ量も約半分に減り受胎率が下がるので、一般の酪農家では経産牛、いわゆる3産4産目以降の牛には絶対やらない。経産牛はただでさえ、受胎率が未経産より低いから。また最近は、精子に雌の精液を活性化させる液体を入れて培養し、約7割の確率で雌が産まれるという精液が出てきている。
イ 牛の妊娠期間は280日。妊娠すると子宮は100倍近く巨大化し、排卵の左右の使い分けにより一般的には右側の子宮角が多く使われるようです。大きくなった胎児のいる子宮は前方へ発達し、ルーメンの右脇を占拠。1頭の胎児を子宮で大きく育ててから分娩する。分娩の多い冬シーズン、今冬の中洞牧場も出産ラッシュです。人工授精をせず、自然交配で妊娠させる当牧場では、過去の発情経過から種づけの時期を推定しつつ、乳房の張り、背中や腹の状態から分娩時期を予測します。詳しい見分け方で重要な点はある?
牧 パッと見てこの牛が妊娠してるか当ててって言われても中々難しい。でも古い人の話が面白くて、受胎すると牛の性格がおとなしくなると。もう1つは行動がおしとやかになる。未経産牛が今までは溌剌と山を駆け回ってたのに、受胎するとあまりそういう行動を取らないと。妊娠鑑定できない30日以内でも「この牛はとまってる」と言い当てるらしい。
イ 雌牛は分娩しなくても乳が絞れると思っている人が多いようですが、実際は毎年分娩しないと乳は出ませんね?
牧 其のとおりです(笑)基本的に、牛は特殊な動物だと考えてほしくない。人間と同じ哺乳類で、種も留まってなく分娩してない人が母乳を出さない風に考えると理解しやすいのかな。牛だからって乳が出るわけじゃないよ、人と一緒の生き物なんだよってのは言いたいよね。
イ 他の牧場で不受胎と診断されていた香澄が、中洞牧場に来てから妊娠しました。放牧&自然交配の環境での受胎率は極めて高いと言われていますが、実際どう思う?
牧 本校(交尾)のメリットは、一回に放出される精子の量が格段に多いので受胎率は当然高い。通常の人工授精は精液を数百本に分けるので、注入する精子量が少なくなる。
イ 放牧の場合、牛は山で暮らし山で自然に分娩します。出産場所は人から隠れた場所などが多い?
牧 基本的に多いよね。ただ中洞牧場の牛は少し違って、わざと人の前で産む牛が居たりする。それは人との信頼関係があって、人の近くで産んだほうが安全だと判断してるんだと思う。牛はある程度、分娩のコントロールは出来て「ここ来て産気づいちゃった」ではなくて「あっちまで少し我慢してそこで産もう」って感覚の牛が多い。普通の放牧だと、数日かけて分娩するのに安全な場所を探すんだよね。外敵から身を守るため、下見をして色んな所を歩くわけ。夏の牛追いで、分娩近い牛が一頭だけはぐれて歩いて来たりすると「あれ、そろそろだな」と思うわけ。その来た場所を覚えておいて、何日かしてその牛が戻って来ないことがあると「あの辺探すか」となると。
イ 確かに。以前、前夜に分娩したばかりの牛親子が山から戻ってこず、探し回った挙句、出産した近くの場所に隠れていたことがありましたね。出産場所に戻る習性が牛(や動物)にはある?
牧 やっぱり産んだ場所が一番落ち着くと。産後体力が回復してないと自分でも分かっているから落ち着く場所が一番ベストだと。あとは例えば、仔牛が居なくなった時もお産した場所に戻ってから他の場所を探すと。牛にも人間と同じく、感情があって行動してると考えると分かりやすいよね。